1993年 103系福知山線 編成表

1993年時点では4連8本が在籍していた。このうちの2本は1989年に宮原に転入した分散冷房車である。
しかしながら1993年には207系100番台の投入で4本が運用離脱。 分散冷房車の2本は広島へ、福知山生え抜きの2本は京阪神緩行線へ転出することとなった。 この京阪神緩行線へ転出した2本は、京阪神緩行線唯一の高運転台クハだったという。

1994年には207系投入で余剰となったモハユニットを組み込み、再び6連化されることとなった。 この時に組み込まれたモハユニットは全て福知山に在籍歴のある車両である。

本稿では1993年時点での福知山線の103系の編成表を掲載するが、 これではあまりにも味気ない(というより1994年以降の車両動向が目まぐるしすぎる)のでおまけで1994年以降の編成も少し取り上げておこう。

4両編成(~1994年)

クハ103 モハ103 モハ102 クハ103
T-1 833 775 2032 840
T-2 835 777 2034 842
T-3 837 779 2036 844
T-4 839 781 2038 846
T-5 841 783 2040 848
T-6 843 785 2042 850
T-7 147 224 379 146
T-8 153 231 386 152

6両編成(1994年~)

クハ103 モハ103 モハ102 モハ103 モハ102 クハ103
T-1 833 775 2032 782 2039 840
T-2 835 777 2034 783 2040 842
T-3 837 779 2036 785 2042 844
T-4 839 781 2038 786 2043 846
T-5 267 428 584 488 644 268

6両編成&8両編成(クハ103-839事故廃車&震災による輸送力増強分)

1994年、川除中踏切でT-4編成の3両が被災し、クハ103-839が廃車となってしまう。
この穴埋めで奈良で余剰となった113系を招集することとなったのだが、その直後の1995年には阪神・淡路大震災が発生。

福知山線は迂回ルートの役割を担うこととなったため輸送力の増強が求められ、 クハ103-839の代打として羽衣線から急遽呼び出されたクハ103-194の他、 廃車予定だったモハ103/102-31、33、34、広島在籍で吹田での検査入場中に震災が発生し、帰れなくなったヒロB-14編成の11両を招集。
T-4編成の穴埋めとして転入したT-5編成を交え、以下のような暫定編成が組まれていた。 (詳細については「おはツイ茶番劇」2025年1月15日投稿分を参照!)

クハ103 モハ103 モハ102 モハ103 モハ102 モハ103 モハ102 クハ103
??? 267 31 31 33 33 34 34 268

クハ103 モハ103 モハ102 モハ103 モハ102 クハ103
T-5 194 428 584 488 644 26
修理中 781 2038

クモハ103 モハ102 サハ102 モハ103 モハ102 クハ103
T-4 23 105 2 786 2043 846

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