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1993年 113系奈良線・桜井線 編成表

1991年より、京阪神快速や湖西線・嵯峨野線の113系を対象に高速化改造が施工されたが、奈良線・桜井線の113系には波及しなかった。
編成パターンはオール0番台初期車の4両編成のみ ただ、クハが分散冷房車となっていることが多い。
モハ113/112-118、127は関西線快速として運用していた経験があり、またクハ111-470は非冷房車だった1986~1989年にも奈良線・桜井線での運用に入っていた。

4両編成

クハ111 モハ113 モハ112 クハ111
L401 125 170 170 435
L402 136 139 139 438
L403 137 154 154 447
L404 139 161 161 459
L405 142 167 167 432
L406 152 166 166 463
L407 154 127 127 430
L408 155 118 118 470
L409 268 125 125 464

※文字色が 青色 の車両は分散冷房車(WAU102搭載)である。


その後(1994年以降)

1. 急遽巡ってきた代走

京阪神緩行線への207系1000番台投入による103系の転入により、奈良線・桜井線の113系は1994年3月22日を最後に運用終了となった。
運用終了とほぼ同時期には、山陰本線園部~福知山間の電化事業が進められており、 福知山電車区ではワンマン運転ができる2両編成の113系を必要としていた状況であった。
このため、奈良線・桜井線から撤退した113系は、モハユニットを高速化改造の上で宮原電車区に転出させて、 捻出された車齢の若い113系(1977年落成組)にクハの先頭部を取り付けて 2両編成9本を仕立てることとなるはずだった。

ところが1994年8月3日、JR西日本にとって想定外の事態が発生してしまう。
福知山線新三田~三田間にある川除中踏切において、踏切で立ち往生していたトラックに普通電車が衝突し、 先頭を走っていたクハ103-839を含む6両編成1本が使用不能となってしまったのだ。
折しもこの時、福知山線では同年9月4日のダイヤ改正で103系の運用が1運用増加することになっていたのだが、 転用車を含めて稼働できる編成が6両編成4本の体制ではあまりにも心もとない状況であったのだ。 このため、まだ改造が施されていない編成から6両を寄せ集め、福知山線でピンチヒッターとして活躍してもらうこととしたのである。
(※当時の103系絡みの車両の動きについてはこちらを参照)

クハ111 モハ113 モハ112 モハ113 モハ112 クハ111
緊急 268 161 161 170 170 435

※文字色が 青色 の車両は分散冷房車(WAU102搭載)である。
※このほか、改造前だったクハ111-142・430なども宮原に貸し出され、 何度も編成変えを行いながら1994年11月まで103系の運用を代走した。

その後、日根野からクハ103-194の転入が決定。関西線色の113系は今度こそお役御免かと思われていたが…


2. ピンチは2度訪れる

1995年1月17日 午前5時46分 阪神・淡路大震災発生

兵庫県南部を震源とし、その後2011年に東日本大震災が発生するまで「戦後最大の地震災害」となった阪神・淡路大震災。 これに伴い、福知山線やJR神戸線などで不通区間が発生することとなった。
福知山線は復旧に時間を要するJR神戸線の代替路線となりうるため、大急ぎで復旧作業が行われ、 1月18日には全線で運転再開となった。

JR神戸線が使えなくなってしまった以上、代替路線が発生するのは必然であった。
代替路線として選ばれたのは加古川線・播但線・福知山線と山陰本線で、 いずれの路線も旅客数の増加は避けられそうになかったのだ。
このためJR西日本は各地から余剰となった編成を急遽運用復帰させて、なるべく状態の良い編成を捻出。 そこに、奈良線や桜井線を走っていた113系の姿もあった。

クハ111 モハ113 モハ112 クハ111
C20 268 170 170 435
C21 139 161 161 432
470

※文字色が 青色 の車両は分散冷房車(WAU102搭載)である。
※後にクハ111-470についてもキトC23に組み入れられて活躍した。

4月20日にJR神戸線は全線復旧となり、各地から派遣された車両たちは元の所属区に帰って行った。
奈良線・桜井線の113系たちは今度こそ役目を終え、113系の2両編成への改造を待つだけ…そう思われていた。


3. 予定変更

ところが、震災を機運に迂回ルートとなった播但線ではいざという時の機能強化を求める声が大きくなり、 播但線では姫路~寺前間のみながら電化開業を行うことが決定。 223系1000番台の追加増備やそれによる221系の転出などで奈良から103系3連6本を確保することとなったが、 残る103系3連3本については広島から捻出することとなり、 しかも捻出する分については新車投入ではなく、非冷房車を含んだ余剰車編成を活用する形で捻出することとなったのだ。
更に、福知山線においては207系1000番台の追加増備やそれによる編成変えによって、 クモハユニットで残っていた803番、807番、809番を捻出、 そして3両編成で残っていた一部編成を余剰車を活用して4連化する等、西日本管内の各地において車両使用方法の変更が相次いで発生していたのだ。
この結果、改造予定となっていたモハ113/112-6323、6333、6336については短編成化改造が見送られ、 その代わりとしてクモハ113/112-803、807、809を山陰本線園部~福知山間電化による増加メンバーとして充てられることとなった。 そして運転台を供出する予定だったクハ111-139、268、432、435、470の5両は、 前者2両は広島へ、後者3両もまた800番台に改造されて福知山へ、 転用先で更なる活躍の場が与えられることとなったのである。 対照的に用済みになってしまったモハ113/112-161、170は廃車となった。

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